本巣市・瑞穂市・北方町「minto」| 2014年1月号掲載

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柔道形・林聖治選手

世界選手権2連覇への軌跡

日本を代表する柔道形競技の林聖治選手。
同競技の世界選手権において2012年、13年と連覇達成の快挙を成し遂げました。
本巣市で接骨院を営みながらスポーツトレーナーとしても活躍する林選手に 世界を制するまでを聞きました。

■柔道整復師とスポーツトレーナー
さらには競技者としての顔をもつ
 資格取得のための勉強で多忙な毎日でしたが、中山選手からの熱い誘いを快諾し、ペアを組むことに。2011年から「形」の練習を始め、同年の県大会で優勝。東海大会を制し、さらには全国大会2位の好成績を収めます。新星の登場に、全日本柔道連盟は二人を強化選手に指定。次の舞台である世界へと、コマを進めることになったのです。<br>  第4回世界形選手権大会に出場したのは、ペアを組んで1年足らずのころ。「固の形」部門で、2位のドイツのペアを引き離し、みごと優勝を飾りました。<br> 「競技を始めた時は、世界を意識することはありませんでした。しかし、大会を勝ち進むにつれ、次第に上をめざす気持ちが高まり、ついに第4回世界形選手権大会を制することができました」<br> 大舞台で優勝すると、次は追われる立場として、追う側からの挑戦を受けることになります。<br> 「追われる立場という意識は薄かったんです。というのも、第5回世界形選手権に出るための国内予選では、第2・3回の優勝ペアが出場しますから。私たちとしてはむしろ前優勝ペアに対して戦いを挑む挑戦者のような気持ちだったのです」<br>  国内予選で前優勝ペアに勝利し、2013年、第5回世界形選手権への出場切符を手にした林・中山ペア。国内予選優勝の勢いそのままに、京都で行われた世界形選手権に出場し、みごと優勝。2連覇を遂げました。<br> 「連覇できたことは素直に喜ばしいことです。今大会、柔道形競技で5連覇を達成した選手から『1度の優勝はマグレでもできる』と日頃から厳しく言われていました。2度、3度優勝してこそ、本物の実力の持ち主。今回の大会では気合いの入れ方が違っていました」<br>  連覇という大きな使命を果たし「ようやく肩の荷が下りました」とほっと胸をなで下ろす林選手。その勢いは止まらず、早くも来年の第6回柔道形世界選手権大会の出場権獲得と3連覇に、意欲的な姿勢を見せています。 <br> 「形の競技者を離れれば、接骨院の先生であり、競技者のトレーナーです。世界の舞台を経験していますので、そこで学んだことを若い競技者たちに伝えたい。これは他者には真似できない大きな付加価値だと自負しています」

「形をしっかり学ぶことで、正しい技のかけ方や受け流し方がわかります。試合競技に参加する一流の選手は、形の基礎ができているんですよ」と林聖治選手

 柔道は、「体育の父」と言われた故・嘉納治五郎が1882(明治15)年に創始した日本古来の武道です。投げ技、固め技、当身技といった技法を駆使して乱取をする様子は、オリンピックや世界選手権などを中心に、メディアで大きく報じられています。しかし、試合競技とは別に、技の攻防における流れや美しさ、完成度などを2人1組で競い合う「形」を知る人は少ないかもしれません。日本をはじめ、世界各地で「形」の競技大会が開催されています。
 「形」の世界選手権を2大会連続で制した世界王者が、本巣市在住の林聖治選手。接骨院を営みながら、スポーツ選手のトレーナーとしても活動。さらに競技者としての顔を持ちます。高校までは柔道の試合競技に打ち込み、卒業後は柔道整復師をめざして石川県の専門学校に進学しました。専門学校卒業後は岐阜に戻り、揖斐郡の接骨院に就職。4年間の勤務を終え、母校である岐阜第一高等学校の近くに接骨院を開院しました。接骨院経営を軌道に乗せ、いずれはスポーツトレーナーの分野で力を発揮するというプランを持っていた林選手。当時は「形の競技者になるということは、考えてもいませんでした」と、話します。
 地元で開催された柔道大会で、救護係を引き受けたことがきっかけとなり、さまざまなサポート要請が舞い込むように。2007年、秋田わか杉国体で柔道競技岐阜県選手団の専属トレーナーとして帯同依頼があり、「またとない機会」と快諾。2012年の「ぎふ清流国体」まで、県の選手団に6年連続帯同という実績を積み上げました。
 「毎年、国体の選手団に帯同していると、トレーナーとしてさらに高いスキルが必要と感じました」と当時を振り返ります。林選手は日本体育協会が認めるアスレティックトレーナーの資格取得に向け、試験勉強を開始。それと同時に、同業者である中山智史選手から一本の電話がかかります。それは「ペアを組んで形競技に挑戦したい」という熱い誘いでした。
■世界の舞台で学んだことを
若者に伝えていきたい
 資格取得のための勉強で多忙な毎日でしたが、中山選手からの熱い誘いを快諾し、ペアを組むことに。2011年から「形」の練習を始め、同年の県大会で優勝。東海大会を制し、さらには全国大会2位の好成績を収めます。新星の登場に、全日本柔道連盟は二人を強化選手に指定。次の舞台である世界へと、コマを進めることになったのです。<br>  第4回世界形選手権大会に出場したのは、ペアを組んで1年足らずのころ。「固の形」部門で、2位のドイツのペアを引き離し、みごと優勝を飾りました。<br> 「競技を始めた時は、世界を意識することはありませんでした。しかし、大会を勝ち進むにつれ、次第に上をめざす気持ちが高まり、ついに第4回世界形選手権大会を制することができました」<br> 大舞台で優勝すると、次は追われる立場として、追う側からの挑戦を受けることになります。<br> 「追われる立場という意識は薄かったんです。というのも、第5回世界形選手権に出るための国内予選では、第2・3回の優勝ペアが出場しますから。私たちとしてはむしろ前優勝ペアに対して戦いを挑む挑戦者のような気持ちだったのです」<br>  国内予選で前優勝ペアに勝利し、2013年、第5回世界形選手権への出場切符を手にした林・中山ペア。国内予選優勝の勢いそのままに、京都で行われた世界形選手権に出場し、みごと優勝。2連覇を遂げました。<br> 「連覇できたことは素直に喜ばしいことです。今大会、柔道形競技で5連覇を達成した選手から『1度の優勝はマグレでもできる』と日頃から厳しく言われていました。2度、3度優勝してこそ、本物の実力の持ち主。今回の大会では気合いの入れ方が違っていました」<br>  連覇という大きな使命を果たし「ようやく肩の荷が下りました」とほっと胸をなで下ろす林選手。その勢いは止まらず、早くも来年の第6回柔道形世界選手権大会の出場権獲得と3連覇に、意欲的な姿勢を見せています。 <br> 「形の競技者を離れれば、接骨院の先生であり、競技者のトレーナーです。世界の舞台を経験していますので、そこで学んだことを若い競技者たちに伝えたい。これは他者には真似できない大きな付加価値だと自負しています」

初めて日本代表に選ばれて臨んだ第4回世界形選手権イタリア大会で、みごと初出場初優勝に輝いた

 資格取得のための勉強で多忙な毎日でしたが、中山選手からの熱い誘いを快諾し、ペアを組むことに。2011年から「形」の練習を始め、同年の県大会で優勝。東海大会を制し、さらには全国大会2位の好成績を収めます。新星の登場に、全日本柔道連盟は二人を強化選手に指定。次の舞台である世界へと、コマを進めることになったのです。
 第4回世界形選手権大会に出場したのは、ペアを組んで1年足らずのころ。「固の形」部門で、2位のドイツのペアを引き離し、みごと優勝を飾りました。
 「競技を始めた時は、世界を意識することはありませんでした。しかし、大会を勝ち進むにつれ、次第に上をめざす気持ちが高まり、ついに第4回世界形選手権大会を制することができました」
 大舞台で優勝すると、次は追われる立場として、追う側からの挑戦を受けることになります。
 「追われる立場という意識は薄かったんです。というのも、第5回世界形選手権に出るための国内予選では、第2・3回の優勝ペアが出場しますから。私たちとしてはむしろ前優勝ペアに対して戦いを挑む挑戦者のような気持ちだったのです」
 国内予選で前優勝ペアに勝利し、2013年、第5回世界形選手権への出場切符を手にした林・中山ペア。国内予選優勝の勢いそのままに、京都で行われた世界形選手権に出場し、みごと優勝。2連覇を遂げました。
 「連覇できたことは素直に喜ばしいことです。今大会、柔道形競技で5連覇を達成した選手から『1度の優勝はマグレでもできる』と日頃から厳しく言われていました。2度、3度優勝してこそ、本物の実力の持ち主。今回の大会では気合いの入れ方が違っていました」
 連覇という大きな使命を果たし「ようやく肩の荷が下りました」とほっと胸をなで下ろす林選手。その勢いは止まらず、早くも来年の第6回柔道形世界選手権大会の出場権獲得と3連覇に、意欲的な姿勢を見せています。
 「形の競技者を離れれば、接骨院の先生であり、競技者のトレーナーです。世界の舞台を経験していますので、そこで学んだことを若い競技者たちに伝えたい。これは他者には真似できない大きな付加価値だと自負しています」

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