名張市・伊賀市「リィーガ」| 2013年2月号掲載

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随筆に書き記された
生まれ故郷、名張のこと

乱歩とふるさと

日本の探偵小説の創始者、 江戸川乱歩は多くの作品を世に送り出した。
なかでも『怪人二十面相』以下の少年探偵シリーズは、
今日においても少年少女たちを夢中にさせ、 変わることのない魅力をもって読み継がれている。
名張はそんな乱歩の生誕地である。

■晩年になって初めて帰郷
選挙の応援演説で訪れる
 昭和二十七年の帰郷をきっかけに、江戸川乱歩生誕地碑が建てられることになり、乱歩はその除幕式に招かれる。そのときの様子は随筆「生誕碑除幕式」に詳しい。乱歩は式典に参列しただけでなく、赤目四十八滝や香落渓を見物したり、中学校や高等学校、警察署で講演したりと、名張で三日ほど過ごしている。「宴会では大いに騒いだ」とあり、乱歩も小唄を披露するなど、この帰郷を楽しんだようだ。<br>  最後に乱歩はこう記している。「たとえ生誕碑にもせよ、自分の碑の除幕式に列するなんて、あまり例のないことだろうと思うが、名張市というところが、従来中央で多少名を知られたような人を、一人も出していないために、私のようなものでも、珍しがって取り上げてくれたのだろうと思う。市の企画とか、個人の金持の企画とかいうのでなく、町の人々が、自発的に六十年もごぶさたしていた私に対して、こういう好意を見せて下さったのは、実にありがたいことだと思っている。」と。<br>  乱歩が名張を訪れたのはこの二回のほか、「名張で生まれたことはよく知っているので、(中略)十数年以前大阪名古屋間の電車がひけて、名張町に駅ができたと聞いたときに、一度生まれた土地が見たくて、旅行の途次、名張に下車して、町を歩いて見たこともあるが、知りあいもないまま、生まれた場所を確かめることもなくして終わった。」と「ふるさと発見記」で明らかにした、ほんの一時立ち寄ったことがあるだけらしい。

江戸川乱歩/えどがわらんぽ
(1894年10月21日─1965年7月28日)
本名は平井太郎。ペンネームは推理小説の祖とされるアメリカの作家、エドガー・アラン・ポーをもじったもの。1923年の雑誌『新青年』に掲載された「二銭銅貨」がデビュー作で、以後多くの探偵小説・推理小説などを発表した。少年探偵シリーズは特に人気を博し、今も少年少女たちを夢中にさせている。戦後は評論家として海外の推理小説を紹介したり、探偵小説誌『宝石』の経営に携わったりするなど、推理小説の普及に尽力した(写真提供:立教大学 江戸川乱歩記念大衆文化研究センター)

 平井太郎(のちの江戸川乱歩)は明治二十七年十月二十一日、三重県名張町新町に平井繁男、きく(菊)の長男として生まれた。父繁男は藤堂藩士の末裔で、関西法律学校(現関西大学)を卒業後、名賀郡役所書記を務めていた。翌年六月、鈴鹿郡役所に転勤となり、亀山町に一家は移った。
 生後七ヶ月ほどで名張を離れ、さらに明治三十年四月には名古屋へ引っ越したため、「私は生まれた土地の記憶を全く持たなかった」と、随筆「名張・津・鳥羽」の中で語っている。
 以来、名張を訪れる機会がなかったのか、乱歩が帰郷を果たすのは五十七歳のときであった。選挙の応援演説を頼まれ、演説地のひとつが名張だったのだ。「はじめて生まれた土地の名張町を訪ね、生まれた家の跡を発見し、古老にも会って、いろいろ話を聞くことができた」と随筆「ふるさと発見記」にある。
 「名張の町そのものも美しい。四方を遠山にかこまれ、大火にあっていないと見えて、昔ながらの城下町の風情を残している。」「町の裏を大きな美しい川が流れているし、町の中にも大きな溝といってもよいような、すき通った水の小川が、町屋に沿って流れている。」など、生家跡を案内してもらう際に巡った名張の風景について描いている。
 「ふるさと発見記」は、雑誌『旅』昭和二十八年一月号に掲載された随筆で、「いずれゆっくり帰郷して、付近の名所を歩きまわりたいと考えている。」と結んでいるが、早くも昭和三十年十一月にその思いが叶うことになった。
■生誕地碑の除幕式に参列
市民の歓待に感激する
 昭和二十七年の帰郷をきっかけに、江戸川乱歩生誕地碑が建てられることになり、乱歩はその除幕式に招かれる。そのときの様子は随筆「生誕碑除幕式」に詳しい。乱歩は式典に参列しただけでなく、赤目四十八滝や香落渓を見物したり、中学校や高等学校、警察署で講演したりと、名張で三日ほど過ごしている。「宴会では大いに騒いだ」とあり、乱歩も小唄を披露するなど、この帰郷を楽しんだようだ。<br>  最後に乱歩はこう記している。「たとえ生誕碑にもせよ、自分の碑の除幕式に列するなんて、あまり例のないことだろうと思うが、名張市というところが、従来中央で多少名を知られたような人を、一人も出していないために、私のようなものでも、珍しがって取り上げてくれたのだろうと思う。市の企画とか、個人の金持の企画とかいうのでなく、町の人々が、自発的に六十年もごぶさたしていた私に対して、こういう好意を見せて下さったのは、実にありがたいことだと思っている。」と。<br>  乱歩が名張を訪れたのはこの二回のほか、「名張で生まれたことはよく知っているので、(中略)十数年以前大阪名古屋間の電車がひけて、名張町に駅ができたと聞いたときに、一度生まれた土地が見たくて、旅行の途次、名張に下車して、町を歩いて見たこともあるが、知りあいもないまま、生まれた場所を確かめることもなくして終わった。」と「ふるさと発見記」で明らかにした、ほんの一時立ち寄ったことがあるだけらしい。

なびし庵の影絵劇場。演目の中には「乱歩誕生」があり、誕生と成長の様子や、乱歩大成までのいきさつなどが影絵で楽しめる。脚本は中相作さん

 昭和二十七年の帰郷をきっかけに、江戸川乱歩生誕地碑が建てられることになり、乱歩はその除幕式に招かれる。そのときの様子は随筆「生誕碑除幕式」に詳しい。乱歩は式典に参列しただけでなく、赤目四十八滝や香落渓を見物したり、中学校や高等学校、警察署で講演したりと、名張で三日ほど過ごしている。「宴会では大いに騒いだ」とあり、乱歩も小唄を披露するなど、この帰郷を楽しんだようだ。
 最後に乱歩はこう記している。「たとえ生誕碑にもせよ、自分の碑の除幕式に列するなんて、あまり例のないことだろうと思うが、名張市というところが、従来中央で多少名を知られたような人を、一人も出していないために、私のようなものでも、珍しがって取り上げてくれたのだろうと思う。市の企画とか、個人の金持の企画とかいうのでなく、町の人々が、自発的に六十年もごぶさたしていた私に対して、こういう好意を見せて下さったのは、実にありがたいことだと思っている。」と。
 乱歩が名張を訪れたのはこの二回のほか、「名張で生まれたことはよく知っているので、(中略)十数年以前大阪名古屋間の電車がひけて、名張町に駅ができたと聞いたときに、一度生まれた土地が見たくて、旅行の途次、名張に下車して、町を歩いて見たこともあるが、知りあいもないまま、生まれた場所を確かめることもなくして終わった。」と「ふるさと発見記」で明らかにした、ほんの一時立ち寄ったことがあるだけらしい。
■地域活性化の素材として
情報発信などの取り組み
 記録に残っている帰郷はわずかに三回で、生後間もなく他所に転居したものの、探偵小説の大家、江戸川乱歩の生誕地であることは、地域活性化の素材としては貴重な財産。行政による関連事業や市民主催のイベントなど、これまでさまざま取り組みが行われてきた。<br>  名張市立図書館の「江戸川乱歩コーナー」は昭和六十二年、図書館を現在地に移転した際に開設された。乱歩の著作や関連文献のほか、原稿、色紙、歴代の乱歩賞受賞作などが並ぶ。オーバーコートや帽子、ステッキなどの遺品も展示されている。また、市では「なぞがたりなばり」と題したミステリー講演会を開催。社団法人日本推理作家協会の協力により、著名作家を招いての講演会であったが、平成二十二年に終了した。<br>  乱歩ゆかりの三重県内の四市(津市・亀山市・鳥羽市・名張市)による「乱歩都市交流会議」が平成二十年に設立され、連携して事業を推進するとともに観光振興にも努めていくという。<br>  昨年末には乱歩関連のイベントが二つ開かれた。名張地区まちづくり推進協議会主催「隠(なばり)街道市」の「怪人二十面相なりきりコンテスト」と、名張ロータリークラブ創立五十周年記念事業の一環として募集された「第一回江戸川乱歩記念 小・中学生ミステリー感想文コンクール」である。<br>  乱歩にちなんだ事業やイベントはこのようにいろいろと行われているが、名張市在住の江戸川乱歩研究家、中相作さんは「残念ながら、乱歩ファンの琴線に触れるような企画が少ない」とつぶやく。市図書館の嘱託職員時代、中さんは『乱歩文献データブック』『江戸川乱歩執筆年譜』など、乱歩のリファレンスブックの編纂に携わっており、それらは研究者やファンの間で高く評価されている。ブログ「名張人外境」も興味深い。<br>  かつて乱歩が帰郷した折に多くの市民が好意をもって迎えたように、地域の人たちが乱歩の作品を面白いと思い、関心を持つことが、まちの活性化のためには必要なことかもしれない。それには、まず一冊読んでみることだ。中さんのおすすめは岩波文庫『江戸川乱歩短編集』と、子ども向けにポプラ社クラシック文庫『怪人二十面相』で、どちらも書店で手に入れやすい。もちろん図書館で借りるのも良い。乱歩の世界をぜひ堪能してみて。

江戸川乱歩生誕地碑。かつて乱歩の生家があったところに建てられたが、現在は道を挟んだ向かいに「乱歩生誕地碑広場」が開設され、そちらに移された。高さ約1.9メートルの石碑で、表面上部の「幻影城」の文字は乱歩の筆による。裏には当時色紙によく書いていたという言葉「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと」が刻まれている

 記録に残っている帰郷はわずかに三回で、生後間もなく他所に転居したものの、探偵小説の大家、江戸川乱歩の生誕地であることは、地域活性化の素材としては貴重な財産。行政による関連事業や市民主催のイベントなど、これまでさまざま取り組みが行われてきた。
 名張市立図書館の「江戸川乱歩コーナー」は昭和六十二年、図書館を現在地に移転した際に開設された。乱歩の著作や関連文献のほか、原稿、色紙、歴代の乱歩賞受賞作などが並ぶ。オーバーコートや帽子、ステッキなどの遺品も展示されている。また、市では「なぞがたりなばり」と題したミステリー講演会を開催。社団法人日本推理作家協会の協力により、著名作家を招いての講演会であったが、平成二十二年に終了した。
 乱歩ゆかりの三重県内の四市(津市・亀山市・鳥羽市・名張市)による「乱歩都市交流会議」が平成二十年に設立され、連携して事業を推進するとともに観光振興にも努めていくという。
 昨年末には乱歩関連のイベントが二つ開かれた。名張地区まちづくり推進協議会主催「隠(なばり)街道市」の「怪人二十面相なりきりコンテスト」と、名張ロータリークラブ創立五十周年記念事業の一環として募集された「第一回江戸川乱歩記念 小・中学生ミステリー感想文コンクール」である。
 乱歩にちなんだ事業やイベントはこのようにいろいろと行われているが、名張市在住の江戸川乱歩研究家、中相作さんは「残念ながら、乱歩ファンの琴線に触れるような企画が少ない」とつぶやく。市図書館の嘱託職員時代、中さんは『乱歩文献データブック』『江戸川乱歩執筆年譜』など、乱歩のリファレンスブックの編纂に携わっており、それらは研究者やファンの間で高く評価されている。ブログ「名張人外境」も興味深い。
 かつて乱歩が帰郷した折に多くの市民が好意をもって迎えたように、地域の人たちが乱歩の作品を面白いと思い、関心を持つことが、まちの活性化のためには必要なことかもしれない。それには、まず一冊読んでみることだ。中さんのおすすめは岩波文庫『江戸川乱歩短編集』と、子ども向けにポプラ社クラシック文庫『怪人二十面相』で、どちらも書店で手に入れやすい。もちろん図書館で借りるのも良い。乱歩の世界をぜひ堪能してみて。

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