名古屋市名東区「名東フリモ」| 2012年7月号掲載

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高校野球・愛知の雄

東邦高等学校硬式野球部

甲子園出場春夏合わせて42回。2010年には創部80周年を迎えた東邦高校硬式野球部。先月行われた愛知県大会で見事優勝を果たし、夏の県予選を間近に控える同部を訪ねた。

■どこよりも厳しい練習に耐え
強豪として名声を得た
東邦野球部80年の歴史
 「『死ぬほど練習をしたら、また選手として甲子園に立てる」といわれたら、その練習をしてでもいきたい。甲子園はそんな場所です」と、1977年夏、自ら東邦の4番・主将として、決勝まで進んだ森田監督は語る。しかし続けた言葉には、部活動がもつもっと大きな意味が込められていた。現在1年生から3年生まで、120人が在籍する硬式野球部。ベンチに入れるのは、甲子園では18人。さらに実際にプレーできるのは、9人と限られている。ピッチャーだけで20人いるなか、「チームのために自分は何ができるか。試合に出られなくても、グラウンドで練習がでなくても、自分をどれだけ高められるかが大切。私は、甲子園に出る選手だけが優れているとは思いません。出られない選手の人間性や犠牲心があってこそのチーム。そういった選手が、社会に出てリーダーになっていくんです」と森田監督。チームのために貢献できる選手がいてこそ、甲子園という夢の舞台で輝くのだ。同じ夢を見て、暑い日も寒い日も励ましあってライバルとして共に闘う、かけがえのない仲間がいる。森田監督自身、今でも当時の仲間との交流がある。「チームワークが大切です。学校生活でもコミュニケーションをとりながら、ダメなことはダメ。良いことは、褒めあえるチームでありたい」と主将の田中雄也くんも話す。<br /> 今年のエースは「人一倍練習する選手。今年の春からエース番号を背負っていますが、それまでは二桁背番号でした。練習試合を通して成長し、昨年秋の練習試合でセンバツ出場が決まった滋賀県代表を相手に完封したことで自信をもったのでしょう」と監督が評価する丸山泰資くん。178cmとバランスのとれた体から投げられるボールには力があり、きれのある変化球が持ち味。「もっともっと『俺が東邦のエースだ。俺がチームを引っ張るんだ!』という、強いメンタルが育ってほしい」と残された時間に期待を寄せる。<br /> 1984年から東邦のコーチをはじめた森田監督は、以来、名東区民だ。「高校野球が盛り上がる季節になると、地域のみなさんに『頑張れよ!』とたくさんの応援をいただきます。子どもたちを食事に連れて行ってくれる方がいたり、卒業生の大学野球の応援に駆けつけてくれる方もいます。現役の選手たちは、80年の歴史をもつつべてのOBの誇りなんです。期待は大きい。地域やOB会、学校の支えがあって、野球ができるということを、選手にはしっかり理解してもらいたい。感謝の気持ちをもって高校生らしくプレーしてほしいですね」と締めくくった。

 カキーン!と金属バットがかん高い音を立てる。部員が打ち返す白いボールは、真っ青な空に吸い込まれるように伸びていった。キャッチャーミットにボールが納まるピチっという音、男子高校生の太い声、そして監督、コーチの指示がグラウンド中に響き渡るー。
 東郷町にある東邦高校硬式野球部のグランドを訪ねたのは、5月23日。伝統の真っ白いユニフォームを着て、ひたすら真剣に練習に励んでいた。当日グラウンドで練習をしていた120人の部員が一斉に動きを止め、「こんにちは」と挨拶。こちらの背筋がぴんと伸びるのを感じた。
 東邦が初めて甲子園の土を踏んだのは、学校設立から11年後の1934(昭和9)年、春。創部4年目の初出場で優勝を成し遂げるという、華々しい全国デビューだった。その後も8年連続を含め春27回、夏15回と、甲子園出場を重ねた。優勝回数は春のセンバツ4回。「春の東邦」との異名をもつ正真正銘の強豪である。水泳やアメリカンフットボールなど、様々な運動部が活躍する東邦で、硬式野球部は常にその先頭を走っている。
 高校野球全国屈指の激戦区である愛知県は、現在189のチームが高校野球連盟に加盟している。私学4強に加え、公立で虎視眈々と県制覇を狙うチームもある。ここを勝ち抜くのは、至難の業だ。特に今年は、ライバル愛工大名電に全国でも名を知られるピッチャーがいる。
 昨年の秋、愛知県大会で準優勝し、東海大会へ進んだが結果を残せずセンバツを逃した。打撃は県でもトップレベル。しかし、それ以上に失点が足を引っ張った。そこで夏を見据え、ピッチャーを中心に守備を徹底的に鍛え上げ、今春、県で優勝。「練習が厳しいことで有名な東邦にやってくる選手は、もともとメンタルが強い」と評価する森田泰弘監督。しかしこの冬は、これまでの先輩が行ってきた以上に厳しい練習を選手に課したという。何がなんでも勝ちにこだわる森田監督に、生徒は必死になってくらいつく。「点を取るより、取られないチーム」を作り上げ、県大会では5試合で4失点に抑えた。
■同じ目標に向かい
ともに3年間を過ごす
仲間との一生の絆がここで生まれる
 「『死ぬほど練習をしたら、また選手として甲子園に立てる」といわれたら、その練習をしてでもいきたい。甲子園はそんな場所です」と、1977年夏、自ら東邦の4番・主将として、決勝まで進んだ森田監督は語る。しかし続けた言葉には、部活動がもつもっと大きな意味が込められていた。現在1年生から3年生まで、120人が在籍する硬式野球部。ベンチに入れるのは、甲子園では18人。さらに実際にプレーできるのは、9人と限られている。ピッチャーだけで20人いるなか、「チームのために自分は何ができるか。試合に出られなくても、グラウンドで練習がでなくても、自分をどれだけ高められるかが大切。私は、甲子園に出る選手だけが優れているとは思いません。出られない選手の人間性や犠牲心があってこそのチーム。そういった選手が、社会に出てリーダーになっていくんです」と森田監督。チームのために貢献できる選手がいてこそ、甲子園という夢の舞台で輝くのだ。同じ夢を見て、暑い日も寒い日も励ましあってライバルとして共に闘う、かけがえのない仲間がいる。森田監督自身、今でも当時の仲間との交流がある。「チームワークが大切です。学校生活でもコミュニケーションをとりながら、ダメなことはダメ。良いことは、褒めあえるチームでありたい」と主将の田中雄也くんも話す。<br /> 今年のエースは「人一倍練習する選手。今年の春からエース番号を背負っていますが、それまでは二桁背番号でした。練習試合を通して成長し、昨年秋の練習試合でセンバツ出場が決まった滋賀県代表を相手に完封したことで自信をもったのでしょう」と監督が評価する丸山泰資くん。178cmとバランスのとれた体から投げられるボールには力があり、きれのある変化球が持ち味。「もっともっと『俺が東邦のエースだ。俺がチームを引っ張るんだ!』という、強いメンタルが育ってほしい」と残された時間に期待を寄せる。<br /> 1984年から東邦のコーチをはじめた森田監督は、以来、名東区民だ。「高校野球が盛り上がる季節になると、地域のみなさんに『頑張れよ!』とたくさんの応援をいただきます。子どもたちを食事に連れて行ってくれる方がいたり、卒業生の大学野球の応援に駆けつけてくれる方もいます。現役の選手たちは、80年の歴史をもつつべてのOBの誇りなんです。期待は大きい。地域やOB会、学校の支えがあって、野球ができるということを、選手にはしっかり理解してもらいたい。感謝の気持ちをもって高校生らしくプレーしてほしいですね」と締めくくった。

 「『死ぬほど練習をしたら、また選手として甲子園に立てる」といわれたら、その練習をしてでもいきたい。甲子園はそんな場所です」と、1977年夏、自ら東邦の4番・主将として、決勝まで進んだ森田監督は語る。しかし続けた言葉には、部活動がもつもっと大きな意味が込められていた。現在1年生から3年生まで、120人が在籍する硬式野球部。ベンチに入れるのは、甲子園では18人。さらに実際にプレーできるのは、9人と限られている。ピッチャーだけで20人いるなか、「チームのために自分は何ができるか。試合に出られなくても、グラウンドで練習がでなくても、自分をどれだけ高められるかが大切。私は、甲子園に出る選手だけが優れているとは思いません。出られない選手の人間性や犠牲心があってこそのチーム。そういった選手が、社会に出てリーダーになっていくんです」と森田監督。チームのために貢献できる選手がいてこそ、甲子園という夢の舞台で輝くのだ。同じ夢を見て、暑い日も寒い日も励ましあってライバルとして共に闘う、かけがえのない仲間がいる。森田監督自身、今でも当時の仲間との交流がある。「チームワークが大切です。学校生活でもコミュニケーションをとりながら、ダメなことはダメ。良いことは、褒めあえるチームでありたい」と主将の田中雄也くんも話す。
 今年のエースは「人一倍練習する選手。今年の春からエース番号を背負っていますが、それまでは二桁背番号でした。練習試合を通して成長し、昨年秋の練習試合でセンバツ出場が決まった滋賀県代表を相手に完封したことで自信をもったのでしょう」と監督が評価する丸山泰資くん。178cmとバランスのとれた体から投げられるボールには力があり、きれのある変化球が持ち味。「もっともっと『俺が東邦のエースだ。俺がチームを引っ張るんだ!』という、強いメンタルが育ってほしい」と残された時間に期待を寄せる。
 1984年から東邦のコーチをはじめた森田監督は、以来、名東区民だ。「高校野球が盛り上がる季節になると、地域のみなさんに『頑張れよ!』とたくさんの応援をいただきます。子どもたちを食事に連れて行ってくれる方がいたり、卒業生の大学野球の応援に駆けつけてくれる方もいます。現役の選手たちは、80年の歴史をもつつべてのOBの誇りなんです。期待は大きい。地域やOB会、学校の支えがあって、野球ができるということを、選手にはしっかり理解してもらいたい。感謝の気持ちをもって高校生らしくプレーしてほしいですね」と締めくくった。

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