松阪市「ふぁみんぐ」| 2017年10月号掲載

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日本女子レスリング界を牽引するスーパースター

リオデジャネイロ五輪金メダリスト 松阪市出身 土性 沙羅選手

8月末、フランス・パリでレスリングの世界選手権が開催された。
日本女子チームは、金メダル4個を含む6個のメダルを獲得。
8月25日には、松阪市出身の土性沙羅選手が金メダルに輝いた。
昨年のオリンピックでの活躍も記憶に新しい土性選手に会うため、愛知県大府市にある至学館大学を訪ねた。

■「誰にも負けたくない」 レスリング一色の日々
 「スポーツを何かしたい、と私から言い出したんです」と幼少期を振り返る。レスリングを始めたのは、小学2年生の頃。他の競技も検討していたが、父・則之さんが故・吉田栄勝氏に指導を受けていた縁から、一志ジュニアレスリング教室に通うようになった。「指導は厳しいし、結果も出ない。辞めたかったけれど、先生が怖くて辞められなかったんです」。小学4年生のとき、全国少年少女選手権で優勝。その後、3連覇を成し遂げた。松阪市立鎌田中学校に進学後も、全国中学生選手権で2連覇。レスリングの世界へのめり込んでいった。「ポイントがしっかりしていて、勝ち負けがはっきりしているのが面白い」と、魅力を語る。
 学校が終わると毎日、松阪市から津市まで通った。「休みがほとんどなく、友達と遊べるのは、年に2、3回でした」。栄勝氏からは吉田沙保里選手と同様、タックルを叩き込まれた。その技術は、世界の頂点に立つ土性選手にとっての最大の武器となった。
 中学卒業後は、至学館高校に進学。「強い選手たちの中で揉まれて、もっと強くなりたいと思い、地元を離れる決意をしました」。以来、栄監督のもとでレスリングに励む。高校1年生から出場している天皇杯全日本レスリング選手権では、現在もなお連覇の記録を更新し続けている。しかし、高校3年生のときには、アジア選手権で1回戦負けを喫するなど、なかなか試合に勝てない挫折を味わい、辞めることも考えたと明かす。
 2013年、至学館大学に入学。明治杯全日本選抜レスリング選手権では3連覇を果たす。国内外で開催されるさまざまな大会のタイトルを飾り、世界選手権の代表に選出されるものの、2位や3位と悔しい結果が続いていた。
 自身初となるオリンピックが、昨年のリオデジャネイロ大会。日本人選手が逆転や粘り勝ちをみせる名勝負が繰り広げられたが、土性選手の逆転金メダルも多くの人に感動を与えた。
 決勝の相手は、前年の世界選手権の金メダリスト・ロシア代表のナタリア・ボロベワ選手。なかなか攻めに入れず、消極的姿勢の注意などで失点。0対2と追い込まれていた。試合終了30秒前、バックを取って2ポイントを獲得。同点で試合終了となったが、1回の得点数が大きい土性選手が優位となり、五輪初出場で金メダリストとなった。

拠点である至学館大学での早朝練習。仲間と声を掛け合いながら、トレーニングに励む

 朝7時、愛知県大府市にある至学館大学のトレーニングルームをのぞくと、ウォーミングアップを終え、筋肉トレーニングに励む土性沙羅選手の姿があった。朝練とはいえ、練習は過酷。サーキット形式メニューで、さまざまな部位を鍛える。大量の汗を流し、仲間と声を掛け合いながら、トレーニングを重ねていた。「早朝練習があって、寮に行って朝食、家に帰って午後練習に備えて昼寝。夕方に2時間半くらい練習があって、夕食を食べて就寝。その繰り返しです」。一つひとつの練習が全力。昼寝を挟まないと体力が持たないと、ほほ笑む。  至学館大学は、レスリングの日本代表を多く輩出。東新住建株式会社女子レスリング部所属の土性選手だが、現在も母校でトレーニングを積む。周囲には、同部に所属する登坂絵莉選手や伊藤彩香選手をはじめ、数々の世界大会で活躍するメダリストや、日本代表入りを目指す高校生、大学生の姿がある。  練習を見守るのは、全日本女子レスリングヘッドコーチを務める栄和人監督。至学館大学のレスリング道場は、世界に圧倒的な強さを見せつける日本女子レスリングの主軸となっている。  試合中には闘志あふれる真剣な表情を見せる一方で、休憩時間はトレードマークの笑顔が絶えない。周囲を和ませるムードメーカーは、穏やかな性格で争いごとが苦手。「でも、レスリングだけは誰にも負けたくない」ときっぱり答える。
■恩師直伝のタックルを武器に 世界ランキング1位に輝く
 「スポーツを何かしたい、と私から言い出したんです」と幼少期を振り返る。レスリングを始めたのは、小学2年生の頃。他の競技も検討していたが、父・則之さんが故・吉田栄勝氏に指導を受けていた縁から、一志ジュニアレスリング教室に通うようになった。「指導は厳しいし、結果も出ない。辞めたかったけれど、先生が怖くて辞められなかったんです」。小学4年生のとき、全国少年少女選手権で優勝。その後、3連覇を成し遂げた。松阪市立鎌田中学校に進学後も、全国中学生選手権で2連覇。レスリングの世界へのめり込んでいった。「ポイントがしっかりしていて、勝ち負けがはっきりしているのが面白い」と、魅力を語る。
 学校が終わると毎日、松阪市から津市まで通った。「休みがほとんどなく、友達と遊べるのは、年に2、3回でした」。栄勝氏からは吉田沙保里選手と同様、タックルを叩き込まれた。その技術は、世界の頂点に立つ土性選手にとっての最大の武器となった。
 中学卒業後は、至学館高校に進学。「強い選手たちの中で揉まれて、もっと強くなりたいと思い、地元を離れる決意をしました」。以来、栄監督のもとでレスリングに励む。高校1年生から出場している天皇杯全日本レスリング選手権では、現在もなお連覇の記録を更新し続けている。しかし、高校3年生のときには、アジア選手権で1回戦負けを喫するなど、なかなか試合に勝てない挫折を味わい、辞めることも考えたと明かす。
 2013年、至学館大学に入学。明治杯全日本選抜レスリング選手権では3連覇を果たす。国内外で開催されるさまざまな大会のタイトルを飾り、世界選手権の代表に選出されるものの、2位や3位と悔しい結果が続いていた。
 自身初となるオリンピックが、昨年のリオデジャネイロ大会。日本人選手が逆転や粘り勝ちをみせる名勝負が繰り広げられたが、土性選手の逆転金メダルも多くの人に感動を与えた。
 決勝の相手は、前年の世界選手権の金メダリスト・ロシア代表のナタリア・ボロベワ選手。なかなか攻めに入れず、消極的姿勢の注意などで失点。0対2と追い込まれていた。試合終了30秒前、バックを取って2ポイントを獲得。同点で試合終了となったが、1回の得点数が大きい土性選手が優位となり、五輪初出場で金メダリストとなった。

全国初優勝を飾った小学4年生。試合時の真剣な表情は今と変わらない

 「スポーツを何かしたい、と私から言い出したんです」と幼少期を振り返る。レスリングを始めたのは、小学2年生の頃。他の競技も検討していたが、父・則之さんが故・吉田栄勝氏に指導を受けていた縁から、一志ジュニアレスリング教室に通うようになった。「指導は厳しいし、結果も出ない。辞めたかったけれど、先生が怖くて辞められなかったんです」。小学4年生のとき、全国少年少女選手権で優勝。その後、3連覇を成し遂げた。松阪市立鎌田中学校に進学後も、全国中学生選手権で2連覇。レスリングの世界へのめり込んでいった。「ポイントがしっかりしていて、勝ち負けがはっきりしているのが面白い」と、魅力を語る。  学校が終わると毎日、松阪市から津市まで通った。「休みがほとんどなく、友達と遊べるのは、年に2、3回でした」。栄勝氏からは吉田沙保里選手と同様、タックルを叩き込まれた。その技術は、世界の頂点に立つ土性選手にとっての最大の武器となった。  中学卒業後は、至学館高校に進学。「強い選手たちの中で揉まれて、もっと強くなりたいと思い、地元を離れる決意をしました」。以来、栄監督のもとでレスリングに励む。高校1年生から出場している天皇杯全日本レスリング選手権では、現在もなお連覇の記録を更新し続けている。しかし、高校3年生のときには、アジア選手権で1回戦負けを喫するなど、なかなか試合に勝てない挫折を味わい、辞めることも考えたと明かす。  2013年、至学館大学に入学。明治杯全日本選抜レスリング選手権では3連覇を果たす。国内外で開催されるさまざまな大会のタイトルを飾り、世界選手権の代表に選出されるものの、2位や3位と悔しい結果が続いていた。  自身初となるオリンピックが、昨年のリオデジャネイロ大会。日本人選手が逆転や粘り勝ちをみせる名勝負が繰り広げられたが、土性選手の逆転金メダルも多くの人に感動を与えた。  決勝の相手は、前年の世界選手権の金メダリスト・ロシア代表のナタリア・ボロベワ選手。なかなか攻めに入れず、消極的姿勢の注意などで失点。0対2と追い込まれていた。試合終了30秒前、バックを取って2ポイントを獲得。同点で試合終了となったが、1回の得点数が大きい土性選手が優位となり、五輪初出場で金メダリストとなった。
■日々の重圧から解放され 家族や友人と過ごす故郷
 今春、至学館大学を卒業し、東新住建株式会社に入社。「学生のときと違ってレスリングが仕事。会社の名を背負っているので、学生のときよりも好成績を意識して戦っています」。言葉の通り、アジア選手権や明治杯全日本選抜レスリング選手権で優勝を成し遂げた。
 古傷の痛みを抱えて出場した世界選手権。決勝戦の相手は、3年前に決勝で敗れたドイツのアリネ・フォケン選手だった。3対0で勝利。4度目の挑戦で悲願の初優勝を果たし、真の世界女王の地位を築いた。現在の目標は、「目の前のタイトルを一つひとつ勝ち取っていくこと。そして、東京オリンピックでも金メダルを目指していきたい」と熱い胸の内を教えてくれた。12月には、7連覇がかかった天皇杯が控えている。
 週1回の休みには、帰郷することも多いと話す土性選手。「松阪は気持ちが楽になる場所。いろいろな重圧から解放されて、家族や友達に会いに帰っています。地元では、友達とマームをぶらぶらしてたりしています」と笑う。今年は念願の一人暮らしもスタート。「寮は門限が21時だったので、コンサートやライブも最後まで見られなかった。今は趣味も十分楽しめるようになりました」と満面の笑みを見せる。
 「地元の人には、これまでもたくさん声援を送ってもらって、今も応援してもらっている。それが私の力になっています」と、故郷への思いで結んでくれた土性選手。これからも力強いタックルと笑顔を武器に、松阪に明るいニュースを届けてくれるだろう。

リングの外では、はじける笑顔で周囲を癒す

 今春、至学館大学を卒業し、東新住建株式会社に入社。「学生のときと違ってレスリングが仕事。会社の名を背負っているので、学生のときよりも好成績を意識して戦っています」。言葉の通り、アジア選手権や明治杯全日本選抜レスリング選手権で優勝を成し遂げた。  古傷の痛みを抱えて出場した世界選手権。決勝戦の相手は、3年前に決勝で敗れたドイツのアリネ・フォケン選手だった。3対0で勝利。4度目の挑戦で悲願の初優勝を果たし、真の世界女王の地位を築いた。現在の目標は、「目の前のタイトルを一つひとつ勝ち取っていくこと。そして、東京オリンピックでも金メダルを目指していきたい」と熱い胸の内を教えてくれた。12月には、7連覇がかかった天皇杯が控えている。  週1回の休みには、帰郷することも多いと話す土性選手。「松阪は気持ちが楽になる場所。いろいろな重圧から解放されて、家族や友達に会いに帰っています。地元では、友達とマームをぶらぶらしてたりしています」と笑う。今年は念願の一人暮らしもスタート。「寮は門限が21時だったので、コンサートやライブも最後まで見られなかった。今は趣味も十分楽しめるようになりました」と満面の笑みを見せる。  「地元の人には、これまでもたくさん声援を送ってもらって、今も応援してもらっている。それが私の力になっています」と、故郷への思いで結んでくれた土性選手。これからも力強いタックルと笑顔を武器に、松阪に明るいニュースを届けてくれるだろう。

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