敦賀市・三方郡美浜町・三方上中郡若狭町・上中町・小浜市・おおい町・高浜町「きらめき俱楽部®」| 2017年11月号掲載

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大原山西福寺再訪

訪れるたびに知る寺の奥深さ

 西福寺を初めて訪れたのは、本誌2008年11月号の取材でのこと。


その年、国の重要文化財に指定された阿弥陀堂、御影堂などの建造物と、

11月に見頃を迎える紅葉の書院庭園を紹介するためだった。

9年ぶりに訪れた寺では、御影堂の修復が進められていた。

■納められた遺骨により 阿弥陀如来像を造立
 寺院創建の縁起には、さまざまな奇談がみられる。ここ西福寺の創建についても、開山良如上人が接した奇縁、奇瑞が残っている。
 寺伝によれば、諸国行脚の途次、敦賀の地に入った上人は、西方の山中に光り輝く阿弥陀三尊を目にした。光明に導かれ歩を進める上人の前に、1匹の白狐が現れる。山の麓まで案内すると忽然と姿を消し、阿弥陀三尊も大岩と化した。この奇瑞を感得した上人は、当地が「仏法有縁の地である」として、一寺の建立を発願して開いたと伝わる。
 阿弥陀三尊が変じた大岩は「三尊石」と呼ばれ、今も西福寺裏山の中腹にあり、上人を案内した白狐も御影堂の裏手にまつられている。
 「現在は裏山の木々が生い茂って、三尊石が隠れてしまった状態です。なるべく早く覆っている樹木を伐採して、見ていただけるようにしたいと思っています」と西福寺執事補の西澤明登さんは申し訳なさそうに話す。
 浄土真宗三門徒派の本山中野専照寺の系譜を中心に叙述した『中野物語』には、寺伝とは異なる瑞兆が述べられている。諸国を巡って修行していた良如上人が、当地で老農夫と出会う。鍬を借りて掘ってみたところ、水晶の念珠が入った鉄鉢が出てきた。その場所に建てられたのが、西福寺であるという。
 ところで、良如上人の出自はあまり知られていない。父は浄土真宗大町専修寺を開山した如道である。如道といえば、北陸地域に真宗を広げた功労者。その嫡男が経緯は詳らかでないが、浄土宗大本山清浄華院8代敬法に帰依し、浄土宗の僧となった。そして正平23(1368・北朝応安元)年、後光厳天皇の勅願により西福寺を創建した。

西福寺の御影堂には宗祖・法然上人61歳の等身大の木像が安置されている

 総門、三門とくぐり、正面を臨めば、荘厳でどっしりとした構えの御影堂。周囲には修復工事に向けた足場が組まれている。参拝のため堂に近づくと、改めて各所の傷みが目に付く。前面の木組みは屋根を支えるためのものだ。  昨年10月、市民有志らによる文化財事業奉賛会が発足し、すでに修復を終えた阿弥陀堂や四修廊下、書院などに続き、「平成の大修復」の第2期工事として御影堂の修復調査に着手する予定だ。  前回の誌面では触れなかったが、御影堂の右手前に舎利如来堂が建つ。書院の拝観入り口に「北陸初の骨佛の寺」と掲げられているように、堂内に骨佛がまつられている。「骨佛」は「こつぶつ」または「こつぼとけ」と読み、遺骨で作られた仏像を指す。  西福寺は「骨佛の寺」として開基以来、信仰されてきた。同寺49世證譽上人の発願によって、昭和46年に第1体目となる骨佛(阿弥陀如来像)が造立された。以後、10年ごとに1体の阿弥陀如来像が造られている。現在、堂内には5体が安置されており、全国各地から参詣が後を絶たないという。
■良如上人が感得した 創建にまつわる奇瑞
 寺院創建の縁起には、さまざまな奇談がみられる。ここ西福寺の創建についても、開山良如上人が接した奇縁、奇瑞が残っている。
 寺伝によれば、諸国行脚の途次、敦賀の地に入った上人は、西方の山中に光り輝く阿弥陀三尊を目にした。光明に導かれ歩を進める上人の前に、1匹の白狐が現れる。山の麓まで案内すると忽然と姿を消し、阿弥陀三尊も大岩と化した。この奇瑞を感得した上人は、当地が「仏法有縁の地である」として、一寺の建立を発願して開いたと伝わる。
 阿弥陀三尊が変じた大岩は「三尊石」と呼ばれ、今も西福寺裏山の中腹にあり、上人を案内した白狐も御影堂の裏手にまつられている。
 「現在は裏山の木々が生い茂って、三尊石が隠れてしまった状態です。なるべく早く覆っている樹木を伐採して、見ていただけるようにしたいと思っています」と西福寺執事補の西澤明登さんは申し訳なさそうに話す。
 浄土真宗三門徒派の本山中野専照寺の系譜を中心に叙述した『中野物語』には、寺伝とは異なる瑞兆が述べられている。諸国を巡って修行していた良如上人が、当地で老農夫と出会う。鍬を借りて掘ってみたところ、水晶の念珠が入った鉄鉢が出てきた。その場所に建てられたのが、西福寺であるという。
 ところで、良如上人の出自はあまり知られていない。父は浄土真宗大町専修寺を開山した如道である。如道といえば、北陸地域に真宗を広げた功労者。その嫡男が経緯は詳らかでないが、浄土宗大本山清浄華院8代敬法に帰依し、浄土宗の僧となった。そして正平23(1368・北朝応安元)年、後光厳天皇の勅願により西福寺を創建した。

四修廊下にまつられている金比羅明神。御影堂建立の際、木材の海上運搬の安全輸送を祈念して勧請した

 寺院創建の縁起には、さまざまな奇談がみられる。ここ西福寺の創建についても、開山良如上人が接した奇縁、奇瑞が残っている。  寺伝によれば、諸国行脚の途次、敦賀の地に入った上人は、西方の山中に光り輝く阿弥陀三尊を目にした。光明に導かれ歩を進める上人の前に、1匹の白狐が現れる。山の麓まで案内すると忽然と姿を消し、阿弥陀三尊も大岩と化した。この奇瑞を感得した上人は、当地が「仏法有縁の地である」として、一寺の建立を発願して開いたと伝わる。  阿弥陀三尊が変じた大岩は「三尊石」と呼ばれ、今も西福寺裏山の中腹にあり、上人を案内した白狐も御影堂の裏手にまつられている。  「現在は裏山の木々が生い茂って、三尊石が隠れてしまった状態です。なるべく早く覆っている樹木を伐採して、見ていただけるようにしたいと思っています」と西福寺執事補の西澤明登さんは申し訳なさそうに話す。  浄土真宗三門徒派の本山中野専照寺の系譜を中心に叙述した『中野物語』には、寺伝とは異なる瑞兆が述べられている。諸国を巡って修行していた良如上人が、当地で老農夫と出会う。鍬を借りて掘ってみたところ、水晶の念珠が入った鉄鉢が出てきた。その場所に建てられたのが、西福寺であるという。  ところで、良如上人の出自はあまり知られていない。父は浄土真宗大町専修寺を開山した如道である。如道といえば、北陸地域に真宗を広げた功労者。その嫡男が経緯は詳らかでないが、浄土宗大本山清浄華院8代敬法に帰依し、浄土宗の僧となった。そして正平23(1368・北朝応安元)年、後光厳天皇の勅願により西福寺を創建した。
■美術工芸品や経典など 多くの文化財を伝える
 西福寺の建立にあたっては、良如上人に帰依した敦賀郡野坂荘櫛川郷の地頭、山内重経が境内地を寄進するなどして支えた。その後、崇光上皇や後円融上皇の勅願所、足利義持や足利義教の祈願所となり、寺格を高めていく。天正年間(1573〜1592)以前には塔頭24院を数え、壮大な寺域を誇った。
 この地域屈指の名刹として知られる西福寺は寺宝も多く、文化財の寺としても名高い。応仁の乱の戦禍を避けて都から移された絵画や書も多数所蔵する。
 極楽のありようが描かれた「絹本著色観経変相曼荼羅図」をはじめ、「絹本著色主夜神像」「孔雀鎗金経箱」「西福寺一切経勧進経」などは国指定の重要文化財である。
 例年11月3日には、これら文化財を一般公開していたが、近年は取り止めている。境内諸堂の修復工事に加え、文化財保管に適した環境を現状整えられていないためという。
 「宝物庫の建て替えが必要で、文化財保護のためにも5年ほど前から、福井県立歴史博物館などで預かっていただいています」と西澤さん。
 貴重な文化財が見られないのは残念だが、紅葉に彩られた美しい書院庭園が補って余りあるほどの感動を与えてくれる。また、西福寺門前に広がる田畑ではピンクや白、赤紫などのコスモスが咲き乱れ、11月3日には「コスモスまつり」が開かれる。

御影堂から阿弥陀堂へ渡る回廊「四修廊下」は、念仏行者が極楽浄土へ往生する姿を再現した構造で、3度直角に折れている。西澤さんによれば、四苦「生・老・病・死」を意味しているという。国指定重要文化財

 西福寺の建立にあたっては、良如上人に帰依した敦賀郡野坂荘櫛川郷の地頭、山内重経が境内地を寄進するなどして支えた。その後、崇光上皇や後円融上皇の勅願所、足利義持や足利義教の祈願所となり、寺格を高めていく。天正年間(1573〜1592)以前には塔頭24院を数え、壮大な寺域を誇った。  この地域屈指の名刹として知られる西福寺は寺宝も多く、文化財の寺としても名高い。応仁の乱の戦禍を避けて都から移された絵画や書も多数所蔵する。  極楽のありようが描かれた「絹本著色観経変相曼荼羅図」をはじめ、「絹本著色主夜神像」「孔雀鎗金経箱」「西福寺一切経勧進経」などは国指定の重要文化財である。  例年11月3日には、これら文化財を一般公開していたが、近年は取り止めている。境内諸堂の修復工事に加え、文化財保管に適した環境を現状整えられていないためという。  「宝物庫の建て替えが必要で、文化財保護のためにも5年ほど前から、福井県立歴史博物館などで預かっていただいています」と西澤さん。  貴重な文化財が見られないのは残念だが、紅葉に彩られた美しい書院庭園が補って余りあるほどの感動を与えてくれる。また、西福寺門前に広がる田畑ではピンクや白、赤紫などのコスモスが咲き乱れ、11月3日には「コスモスまつり」が開かれる。

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