知立市「ちるるくらぶ」| 2019年1月号掲載

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知立ふるさとかるた

遊びながら 地域の歴史にふれる

知立と言えば、あなたは何を思い浮かべますか。
カキツバタ、大あんまき、知立の弘法さん「遍照院」、
知立まつり、知立城などをあげる人も多いのでは。
そんな知立の名所や旧跡にちなんだ「知立ふるさとかるた」の監修者、
松井節子さんを訪ねました。

■郷土史教室の復習を兼ね 受講生とかるた作りを
 「あ」から「ん」まで48種をひと通り作り終えると、また新たに「あ」から始めて、いつしか全5集(234種)のかるたができあがりました。題材となったのは、知立の歴史や文化、昔話、地名、ゆかりの人物などです。
 「知立にちなんだかるたですので、題材には限りがあります。ですから、ひとつの題材をいろいろな切り口で表しました。かるた作りは遊び感覚で楽しんでやっていましたが、そこだけは少しばかり苦心した点ですね」
 たとえば、八橋町には地名の由来となった昔話が残っています。幼い兄弟が母親恋しさに川を渡ろうとして、溺れて亡くなりました。悲しんだ母親は髪を下ろし、仏門に入るのですが、ある日、夢のお告げを得て、その川に橋をかけます。流れが幾筋もあって、互い違いにかけた橋が8つだったことから、この地が八橋と名付けられたと伝えます。
 この話をもとに「地名には 溺れた二児の 悲話伝う」「無量寿寺 二児を弔う 五輪塔」など、数種のかるたが作られました。弘法大師(空海)、在原業平、かきつばたを題材としたかるたも多く見られます。

「知立ふるさとかるた」に続いて作成された「八橋町ふるさとのかるた」。松井さんが暮らす八橋町は明治時代からの地名が残っている地域で、地名にまつわる話が読み込まれています。絵札は松井さんが描きました

 知立市郷土研究会の会長を務める松井節子さんのもとに、市から郷土史教室の講師をしてもらえないか、と依頼が来たのは10年ほど前。開催場所は知立市身体障害者福祉センターで、体に障害をもつ人たちに向けた教室でした。  「1年にわたって、民話なども交えながら、知立の歴史を話させていただきました。すると、次年度以降も続けてほしいと要請をいただきましたが、ほぼ話し尽くしていましたので、話題に悩んでしまったのです。そこで、前年の復習を兼ねてかるたを作ってみませんか、と提案したところ、受講生の皆さんの賛同があって、取り組みました」  手始めに「あ」「い」「う」の3つに挑戦。受講生が考えた語句や文章を黒板に書き連ね、その中から言葉を選りすぐり、松井さんが五七五の調べに整えます。そうして誕生したのが「愛知の花 知立の花も かきつばた」「伊勢物語 在五中将 主人公」「馬市は 袖の中より せり落とす」です。以後、「え」から先も同様に作っていきました。
■知立市の歴史にまつわる 234種のかるたを作成
 「あ」から「ん」まで48種をひと通り作り終えると、また新たに「あ」から始めて、いつしか全5集(234種)のかるたができあがりました。題材となったのは、知立の歴史や文化、昔話、地名、ゆかりの人物などです。
 「知立にちなんだかるたですので、題材には限りがあります。ですから、ひとつの題材をいろいろな切り口で表しました。かるた作りは遊び感覚で楽しんでやっていましたが、そこだけは少しばかり苦心した点ですね」
 たとえば、八橋町には地名の由来となった昔話が残っています。幼い兄弟が母親恋しさに川を渡ろうとして、溺れて亡くなりました。悲しんだ母親は髪を下ろし、仏門に入るのですが、ある日、夢のお告げを得て、その川に橋をかけます。流れが幾筋もあって、互い違いにかけた橋が8つだったことから、この地が八橋と名付けられたと伝えます。
 この話をもとに「地名には 溺れた二児の 悲話伝う」「無量寿寺 二児を弔う 五輪塔」など、数種のかるたが作られました。弘法大師(空海)、在原業平、かきつばたを題材としたかるたも多く見られます。

「郷土史教室」受講生の皆さんは、かるた作りに参加できて楽しかった、と口をそろえます (平成25年2月6日撮影)

 「あ」から「ん」まで48種をひと通り作り終えると、また新たに「あ」から始めて、いつしか全5集(234種)のかるたができあがりました。題材となったのは、知立の歴史や文化、昔話、地名、ゆかりの人物などです。  「知立にちなんだかるたですので、題材には限りがあります。ですから、ひとつの題材をいろいろな切り口で表しました。かるた作りは遊び感覚で楽しんでやっていましたが、そこだけは少しばかり苦心した点ですね」  たとえば、八橋町には地名の由来となった昔話が残っています。幼い兄弟が母親恋しさに川を渡ろうとして、溺れて亡くなりました。悲しんだ母親は髪を下ろし、仏門に入るのですが、ある日、夢のお告げを得て、その川に橋をかけます。流れが幾筋もあって、互い違いにかけた橋が8つだったことから、この地が八橋と名付けられたと伝えます。  この話をもとに「地名には 溺れた二児の 悲話伝う」「無量寿寺 二児を弔う 五輪塔」など、数種のかるたが作られました。弘法大師(空海)、在原業平、かきつばたを題材としたかるたも多く見られます。
■岡田泉さんとの出会いと かるたの題材場所巡り
 「文字札がひと通りできた時点で、対になる絵札も作ることになりました。絵手紙の先生をされている岡田ふ志みさんをお訪ねすると、娘にやらしてほしい、と泉さんを紹介されたのです。わたしの娘と同級生というご縁もあって、受けてもらえました」
 しかし当時、岡田泉さんは心身の不調により、自宅で療養していました。かるたの題材となった場所を実際に見て知らなくては、絵札は描けません。外出できるのか、松井さんも当初は危惧したそうですが、泉さんの意志も固く、場所巡りに踏み出しました。
 かるた(文字札)がひと揃いできるごと、ふたりは市内各所をスケッチに回りました。そして、5集目のかるたの絵札が完成したのは、平成25年4月でした。ところが同年8月、泉さんは心臓麻痺で亡くなってしまいます。51歳でした。
 泉さんの描いたかるたの原画と貯金300万円を、母のふ志みさんが市に寄付。松井さんたちが作ったかるた(文字札とその注釈)とともに、市教育委員会が平成27年、「知立ふるさとかるた」全5集を作成しました。

平成30年1月6日に知立市図書館で開かれた「知立よいとこ新春ふるさとかるた会」の様子。子どもたちだけでなく、保護者からも地元の歴史や昔話を知ることができたと好評でした

 「文字札がひと通りできた時点で、対になる絵札も作ることになりました。絵手紙の先生をされている岡田ふ志みさんをお訪ねすると、娘にやらしてほしい、と泉さんを紹介されたのです。わたしの娘と同級生というご縁もあって、受けてもらえました」  しかし当時、岡田泉さんは心身の不調により、自宅で療養していました。かるたの題材となった場所を実際に見て知らなくては、絵札は描けません。外出できるのか、松井さんも当初は危惧したそうですが、泉さんの意志も固く、場所巡りに踏み出しました。  かるた(文字札)がひと揃いできるごと、ふたりは市内各所をスケッチに回りました。そして、5集目のかるたの絵札が完成したのは、平成25年4月でした。ところが同年8月、泉さんは心臓麻痺で亡くなってしまいます。51歳でした。  泉さんの描いたかるたの原画と貯金300万円を、母のふ志みさんが市に寄付。松井さんたちが作ったかるた(文字札とその注釈)とともに、市教育委員会が平成27年、「知立ふるさとかるた」全5集を作成しました。
■地域に残る地名の由来や 歴史に親しんでほしい
 できあがった知立ふるさとかるたは、市内の小中学校や図書館などの公共施設へ寄贈されたほか、販売もされています。毎年1月には、知立ふるさとかるたを使った「知立よいとこ新春ふるさとかるた会」が図書館で開催。松井さんも参加して、かるたに詠まれた知立の歴史や文化について解説を加えます。  「わたしも嫁いできた当時は、知立についてほとんど知りませんでした。訪れた方から尋ねられても戸惑ってばかり。そこで月1回開かれていた歴史講座を受講して、学び始めたのです。地域に伝わる昔話の採集にも携わりました。いろいろな方に教えていただいてきたことが、かるたという形になりました」  郷土史教室はやめたものの、今でも松井さんは依頼があれば保育園や介護施設、図書館などで、知立ふるさとかるたや、紙芝居を用いたボランティア活動をしています。  「かるたという遊びを通して、知立の歴史を身近に感じてもらい、少しでも多くの方が興味をもってくださるとうれしいです」と松井さんはかるたに込めた願いを語ります。

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