名古屋市北区「北区フリモ」| 2019年3月号掲載

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世界最速タイ3階級制覇・WBO世界フライ級チャンピオン

田中恒成

世界最速タイ3階級制覇した田中恒成選手のタイトルマッチが3月16日に決定した。
対戦相手は、田口良一選手。一度は白紙となった「幻の戦い」に、注目が集まっている。
試合が発表された数日後、編集室はSOUL BOX畑中ボクシングジムを訪れた。

■今なお続く無敗ロード 自信を持ってリングに立つ
 2015年5月、WBO世界ミニマム級王座決定戦で3-0の判定勝ちを収め、日本人最速デビュー5戦目で世界タイトルを獲得した。約半年後にはKO勝ちで初防衛に成功。2016年のWBO世界ライトフライ級王座決定戦では、モイセス・フエンテス選手を5Rでリングに沈め、日本人最速タイの8戦目で2階級制覇を成し遂げた。
 翌年5月、WBO世界ライトフライ級タイトルマッチで初防衛を果たした田中選手は、「次に向かうためにも絶対負けられないという強い思いがあった」と、勝者インタビューで答えた。解説席に座るWBA世界ライトフライ級王者(当時)の田口良一選手をリングに呼び寄せると、「統一戦を今年中にやりましょう」と、握手を交わした。
 統一戦の前哨戦であった、パランポン・CPフレッシュマート選手との戦い。TKOで試合を制したものの両目の眼窩底(がんかてい)骨折が発覚し、次戦は白紙となった。
 「統一戦に向けて弾みをつけるはずの試合だった。ケガを負う大きなダメージに、自信とやる気をなくしてしまって」。1カ月半の練習停止は、自身にとって最も長い休養期間だった。
 2017年の大晦日、田中選手は東京・大田区総合体育館で田口選手の試合を見つめていた。本来だったら、自分がリングに立つはずだった。「田口選手にも、その会場で戦ったどの選手にも勝てる気がしなかった」

1995年6月15日、多治見市生まれ。空手の技術向上のため、2歳上の兄・亮明さんとともに、ボクシングを習い始める。中学卒業後、中京学院大学附属中京高等学校に進学。元東洋太平洋王者の石原英康さんが当時監督を務めていたボクシング部に入部。1年生で山口国体優勝を果たし頭角を現す。在学時に全国大会4冠を成し遂げ、高校3年生でプロデビュー。中京大学在学時の2015年、日本最速記録であるプロ5戦目で、世界王座を獲得した。翌年、2階級制覇を達成。2018年には、世界最速タイで3階級を制覇した。次戦は、3月16日に岐阜メモリアルセンターで行われる

 田中恒成選手が姿を現したのは、日が傾きかけた頃。ジムの前でファンにサインを手渡すと、にこやかな表情で室内に入ってきた。トレーナーを務める父・斉さんや畑中建人選手と言葉を交わした後、拳や手首を守るバンデージを入念に巻く。気持ちを切り替えたのだろうか。鋭い眼光が、近寄りがたい雰囲気を醸していた。 「高校卒業後はプロを目指す」  高校1年生で、プロへの道を見据えていた。国体連覇にインターハイ、高校選抜と高校4冠を成し遂げ、3年生でプロテストに合格。デビュー戦の相手は、世界ランカーだった。これまで12試合を戦ってきた田中選手にとって、最も心に残る試合だという。「怖かったですね。プロの世界で自分にどれほどの実力があるのかわからなかったので」。何もかもが初めてづくし。ヘッドギアがなければ、グローブの大きさも違っていた。  結果は、3-0の判定勝ち。この時に始まった無敗記録は5年たった今もなお続く。自信がないままリングに立ったのは、デビュー戦が最初で最後だ。  中京大学に入学した後は学業に励みながら、世界の頂点を目指す日々が始まった。朝はランニング、授業後はジムで汗を流した。筋力や体幹を鍛えるフィジカルトレーニングは、週3日。試合前は自分をさらに追い込む。自信を持って、相手に挑むためだ。
■ケガにより試合が白紙に 自信喪失の日々
 2015年5月、WBO世界ミニマム級王座決定戦で3-0の判定勝ちを収め、日本人最速デビュー5戦目で世界タイトルを獲得した。約半年後にはKO勝ちで初防衛に成功。2016年のWBO世界ライトフライ級王座決定戦では、モイセス・フエンテス選手を5Rでリングに沈め、日本人最速タイの8戦目で2階級制覇を成し遂げた。
 翌年5月、WBO世界ライトフライ級タイトルマッチで初防衛を果たした田中選手は、「次に向かうためにも絶対負けられないという強い思いがあった」と、勝者インタビューで答えた。解説席に座るWBA世界ライトフライ級王者(当時)の田口良一選手をリングに呼び寄せると、「統一戦を今年中にやりましょう」と、握手を交わした。
 統一戦の前哨戦であった、パランポン・CPフレッシュマート選手との戦い。TKOで試合を制したものの両目の眼窩底(がんかてい)骨折が発覚し、次戦は白紙となった。
 「統一戦に向けて弾みをつけるはずの試合だった。ケガを負う大きなダメージに、自信とやる気をなくしてしまって」。1カ月半の練習停止は、自身にとって最も長い休養期間だった。
 2017年の大晦日、田中選手は東京・大田区総合体育館で田口選手の試合を見つめていた。本来だったら、自分がリングに立つはずだった。「田口選手にも、その会場で戦ったどの選手にも勝てる気がしなかった」

シャドーボクシングのあとは、グローブをつけて打撃練習に移る。田中選手の一打は、大きな音を立ててミットに食い込む。「まだ発展途上のボクサーだし、私もまだ発展途上のトレーナー。一緒にひとつずつ積み重ねていく」と斉さん

 2015年5月、WBO世界ミニマム級王座決定戦で3-0の判定勝ちを収め、日本人最速デビュー5戦目で世界タイトルを獲得した。約半年後にはKO勝ちで初防衛に成功。2016年のWBO世界ライトフライ級王座決定戦では、モイセス・フエンテス選手を5Rでリングに沈め、日本人最速タイの8戦目で2階級制覇を成し遂げた。  翌年5月、WBO世界ライトフライ級タイトルマッチで初防衛を果たした田中選手は、「次に向かうためにも絶対負けられないという強い思いがあった」と、勝者インタビューで答えた。解説席に座るWBA世界ライトフライ級王者(当時)の田口良一選手をリングに呼び寄せると、「統一戦を今年中にやりましょう」と、握手を交わした。  統一戦の前哨戦であった、パランポン・CPフレッシュマート選手との戦い。TKOで試合を制したものの両目の眼窩底(がんかてい)骨折が発覚し、次戦は白紙となった。 「統一戦に向けて弾みをつけるはずの試合だった。ケガを負う大きなダメージに、自信とやる気をなくしてしまって」。1カ月半の練習停止は、自身にとって最も長い休養期間だった。  2017年の大晦日、田中選手は東京・大田区総合体育館で田口選手の試合を見つめていた。本来だったら、自分がリングに立つはずだった。「田口選手にも、その会場で戦ったどの選手にも勝てる気がしなかった」
■「一緒にやっていこう」 父の一大決心
 同じ頃、斉さんも思い悩んでいた。「定年まで残り10年。このままでええのかな」。会社勤めとトレーナー両立の日々に迷いが生じていた。トレーナーに専念したいが、一家の大黒柱として家庭を支えなくてはならない。「あと10年間の稼ぎを優先するか、子どもの将来のために命がけでやるか」。究極の選択だった。練習中は「よしやるぞ!」と奮起するが、帰り道には「でもやっぱり」と思い悩む。堂々巡りを繰り返し、眠れない夜が続いた。
 決意を後押ししたのは、父と息子が歩んできた軌跡だった。小・中学校時代は毎日練習に付き合ったこと、田中選手が兄・亮明さんとともに、山口国体で兄弟優勝を成し遂げたこと、さまざまな思い出が頭の中を駆け巡った。「そしたら、結論は早かったよ。こいつとやっていこうって」。

畑中建人選手(SOUL BOX畑中ボクシングジム所属)。プロ戦績は、7戦7勝7KO。今年から中京高校時代の恩師・ 石原英康さんがトレーナーに就任。TEAM KentOで、タイトルを狙う

 同じ頃、斉さんも思い悩んでいた。「定年まで残り10年。このままでええのかな」。会社勤めとトレーナー両立の日々に迷いが生じていた。トレーナーに専念したいが、一家の大黒柱として家庭を支えなくてはならない。「あと10年間の稼ぎを優先するか、子どもの将来のために命がけでやるか」。究極の選択だった。練習中は「よしやるぞ!」と奮起するが、帰り道には「でもやっぱり」と思い悩む。堂々巡りを繰り返し、眠れない夜が続いた。  決意を後押ししたのは、父と息子が歩んできた軌跡だった。小・中学校時代は毎日練習に付き合ったこと、田中選手が兄・亮明さんとともに、山口国体で兄弟優勝を成し遂げたこと、さまざまな思い出が頭の中を駆け巡った。「そしたら、結論は早かったよ。こいつとやっていこうって」。
■強い気持ちで激闘を制す 次戦は「倒しにいきたい」
 畑中清詞会長や斉さんら「チーム恒成」とともに再スタートをきった田中選手は、フライ級への転向を発表。新たな目標を「世界最速3階級制覇」と定めた。復帰戦で勝利を収め、半年後の2018年9月、WBO世界フライ級タイトルマッチに挑んだ。対戦相手は、木村翔選手。「気持ちとスタミナの強さは、日本一。自分にとって、嫌な相手でした」。3階級制覇を成し遂げるためには、王者をさらに上回る強い「気持ち」で挑まねばならなかった。 「嫌な練習にもたくさん取り組みました。スタミナと気持ちはリンクする。気持ちが折れたらスタミナは落ち、『もっと頑張ろう』と思えば、持続する。最後の1カ月は、特に心折れずにやってこられた。今までで一番、強い気持ちで試合に挑めました」  試合は、戦前の期待を大きく上回る展開を見せた。激しく打ち合い、前へ前へと攻める両者。弱気になったら負け―――。互いに一歩も引かない攻防に、会場全体が息を呑んだ。試合は、2-0の判定で田中選手が勝利。世界最速タイとなる12戦目での3階級制覇を達成した。  次戦は3月16日。田口選手との試合がついに実現する。「木村選手との戦いを経て、この1年で強くなれた。田口選手との一戦は、『戦いたい』とずっとアピールしてきた試合です。倒しにいきたい」。先を見据えるまなざしに、闘志が垣間見えた。

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