坂井市・あわら市・越前市・鯖江市「嶺北フリモ」| 2019年6月号掲載

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ヨガインストラクター 髙橋絵麻さん

ありのまま生きる

「10年の生存率は50パーセント」
そう告げられたら、人はどのように生きればよいのだろうか。
乳がんの告知を受け、「やりたいことをやり切る」と
決意した髙橋絵麻さん。
弱さをさらけ出し、多くの人と関わり、前に進んできた。
闘病生活と右乳房の全摘出を乗り越え、
今なおメッセージを発信し続ける姿を追った。

■弱音を吐き出せず 不安に押しつぶされた日々
 右胸に違和感を覚えたのは2015年。第二子の出産直前だった。こんにゃく状のしこりに気付いたものの、出産前は詳しい検査ができず、出産後は育児に追われて後回しにしていた。しかし、母乳に血が混じったため慌てて検査したところ、10月に「若年性乳がんステージ3a」を告知された。<br /> ステージ3aは、リンパ節への転移がある状態。髙橋さんの場合は、10年生存率は50パーセントだと告げられた。「断乳が本当につらかった。授乳すらできない母親でごめん。そんな考えばかりでした」と話す。<br /> 仕事に復帰できるのか、子どもたちの成長をいつまで見守れるのか。多くの不安と、抗がん剤の副作用に苦しんだ。やり残したことに思いを巡らせたとき、「自分は何も成し遂げていない」と気付いた髙橋さん。「すべてやってやろう」と立ち上がった。<br /> 告知から1カ月後、髪が抜けはじめると、スキンヘッドにした。SNSに笑顔の姿を載せて、『しこり触ってねキャンペーン』をスタート。がんの自己診断の方法を交えて独自に開発したピンクリボンヨガとお話会も合わせて実施し、2016年5月に右乳房を全摘出するまで、約250人が胸のしこりに触れた。<br /> 同年10月には、SNS上で病気の辛さ、楽しかった出来事をシェアする「I am」を立ち上げる。2カ月に1度のペースで食事会や茶会を開催し、気持ちを共有して楽しむ場所づくりに取り組んだ。<br /> たくさんの活動と並行して、「リビングスペースアタ」の設立と、『生きるを伝える写真展』の開催準備も進める。土地探しから、写真展の参加者募集、資金集めに奔走した。写真展開催に向けてクラウドファンディングで資金を募ると、目標の120万円を大きく超える約240万円が集まった。<br /> 2018年5月に、「リビングスペースアタ」で写真展の第1回を開催。全国を巡るプロジェクトがスタートした。

坂井市在住。ヨガインストラクター、エステティシャンとしての資格だけでなく、国際薬膳食育師の資格を持つ。今後は『生きるを伝える写真展』の47都道府県開催を5年以内に実現させたいと意気込む

 鯖江市まなべの館に、スキンヘッドの女性とその家族のはじける笑顔の写真が並んだ。抗がん剤治療、脱毛症、抜毛症などで髪を失った女性をモデルとした『生きるを伝える写真展』。札幌市、宝塚市など全国を回り、今年1月には鯖江市で展示を行った。
 発起人は、坂井市でヨガ教室兼レンタルスペース「リビングスペースアタ」を運営する髙橋絵麻さんだ。自身も乳がんの治療で髪を失った。「病を無駄に怖がらず、少しでも治療を楽しんでほしい」「一人じゃないと知ってほしい」。そんな思いから写真展を開催した髙橋さんだが、はじめから前向きでいられたわけではない。
 幼少期はアトピー性皮膚炎に悩まされ、見た目に対するコンプレックスが強かった。中学生時代には、友人との不和をきっかけに保健室登校も経験。精神安定剤や睡眠薬に頼るようになる。
 転機となったのは、大学進学にともなう東京での一人暮らし。バランスの良い食事を心がけると、アトピー性皮膚炎の症状が改善。服用していた薬も徐々に手放した。体調と見た目を整えれば心が軽くなると分かり、大学卒業後は大手エステ会社に就職する。ところが、入社直後にスクールの指導者として配属されたため、「実力もないのに教えられるだろうか」という不安に耐え切れず、福井へ帰郷した。
 2009年、28歳で結婚し、翌年には第一子を出産。慣れない育児に苦労した。髙橋さんは、「いい嫁、いい母でいなければという思いが強く、プレッシャーに押しつぶされそうでした」と当時を振り返る。なかなか弱音を吐けず、自らを追い込んでしまっていた。
■ がん告知をきっかけに さまざまな活動を開始
 右胸に違和感を覚えたのは2015年。第二子の出産直前だった。こんにゃく状のしこりに気付いたものの、出産前は詳しい検査ができず、出産後は育児に追われて後回しにしていた。しかし、母乳に血が混じったため慌てて検査したところ、10月に「若年性乳がんステージ3a」を告知された。<br /> ステージ3aは、リンパ節への転移がある状態。髙橋さんの場合は、10年生存率は50パーセントだと告げられた。「断乳が本当につらかった。授乳すらできない母親でごめん。そんな考えばかりでした」と話す。<br /> 仕事に復帰できるのか、子どもたちの成長をいつまで見守れるのか。多くの不安と、抗がん剤の副作用に苦しんだ。やり残したことに思いを巡らせたとき、「自分は何も成し遂げていない」と気付いた髙橋さん。「すべてやってやろう」と立ち上がった。<br /> 告知から1カ月後、髪が抜けはじめると、スキンヘッドにした。SNSに笑顔の姿を載せて、『しこり触ってねキャンペーン』をスタート。がんの自己診断の方法を交えて独自に開発したピンクリボンヨガとお話会も合わせて実施し、2016年5月に右乳房を全摘出するまで、約250人が胸のしこりに触れた。<br /> 同年10月には、SNS上で病気の辛さ、楽しかった出来事をシェアする「I am」を立ち上げる。2カ月に1度のペースで食事会や茶会を開催し、気持ちを共有して楽しむ場所づくりに取り組んだ。<br /> たくさんの活動と並行して、「リビングスペースアタ」の設立と、『生きるを伝える写真展』の開催準備も進める。土地探しから、写真展の参加者募集、資金集めに奔走した。写真展開催に向けてクラウドファンディングで資金を募ると、目標の120万円を大きく超える約240万円が集まった。<br /> 2018年5月に、「リビングスペースアタ」で写真展の第1回を開催。全国を巡るプロジェクトがスタートした。

『しこり触ってねキャンペーン』で公開した写真。乳がんの危険を多くの人に知ってもらうとともに、同じ病で苦しむ人への励ましになりたいと考えた

 右胸に違和感を覚えたのは2015年。第二子の出産直前だった。こんにゃく状のしこりに気付いたものの、出産前は詳しい検査ができず、出産後は育児に追われて後回しにしていた。しかし、母乳に血が混じったため慌てて検査したところ、10月に「若年性乳がんステージ3a」を告知された。
 ステージ3aは、リンパ節への転移がある状態。髙橋さんの場合は、10年生存率は50パーセントだと告げられた。「断乳が本当につらかった。授乳すらできない母親でごめん。そんな考えばかりでした」と話す。
 仕事に復帰できるのか、子どもたちの成長をいつまで見守れるのか。多くの不安と、抗がん剤の副作用に苦しんだ。やり残したことに思いを巡らせたとき、「自分は何も成し遂げていない」と気付いた髙橋さん。「すべてやってやろう」と立ち上がった。
 告知から1カ月後、髪が抜けはじめると、スキンヘッドにした。SNSに笑顔の姿を載せて、『しこり触ってねキャンペーン』をスタート。がんの自己診断の方法を交えて独自に開発したピンクリボンヨガとお話会も合わせて実施し、2016年5月に右乳房を全摘出するまで、約250人が胸のしこりに触れた。
 同年10月には、SNS上で病気の辛さ、楽しかった出来事をシェアする「I am」を立ち上げる。2カ月に1度のペースで食事会や茶会を開催し、気持ちを共有して楽しむ場所づくりに取り組んだ。
 たくさんの活動と並行して、「リビングスペースアタ」の設立と、『生きるを伝える写真展』の開催準備も進める。土地探しから、写真展の参加者募集、資金集めに奔走した。写真展開催に向けてクラウドファンディングで資金を募ると、目標の120万円を大きく超える約240万円が集まった。
 2018年5月に、「リビングスペースアタ」で写真展の第1回を開催。全国を巡るプロジェクトがスタートした。
■ 弱さをさらけ出し 笑顔で生きる
 がんを公表し、闘病の様子を伝えた髙橋さんは、その理由を「弱さ」だと語る。それまでは自分で抱え込み、苦しんでいた。病気をオープンにして助けを求めれば、誰かが手を貸してくれると知った。<br /> 「自分から伝えることで、それまで知らなかった身近な経験者から話を聞けたのがよかったです」と髙橋さん。秘密を抱える負担も減った。<br /> 誰でも発症する可能性がある病気だからこそ、多くの人に知ってほしい。そんな思いで、病院や公民館、中学校など、さまざまな依頼を受けて講演を行っている。話の内容は聴講者の年齢層によって変えるが、常に伝えているのは、「幸せは自分から」ということ。無理をしすぎず、ありのままの自分で日常を楽しむと、自然と笑顔がこぼれる。その表情は、自分だけでなく周囲の人も幸せにしてくれるという。<br /> 「本当の自分を大切に」。たくさんの苦労を重ね、行動し、心からの笑顔で日々を楽しむ髙橋さんだからこそ、伝えられるメッセージだろう。<br /><br />文/田中波香

「リビングスペースアタ」の教室では、ウオームアップをしながら会話を楽しむことも。さまざまな話の中で、「自分を大切にしてほしい」というメッセージを伝えている

 がんを公表し、闘病の様子を伝えた髙橋さんは、その理由を「弱さ」だと語る。それまでは自分で抱え込み、苦しんでいた。病気をオープンにして助けを求めれば、誰かが手を貸してくれると知った。
 「自分から伝えることで、それまで知らなかった身近な経験者から話を聞けたのがよかったです」と髙橋さん。秘密を抱える負担も減った。
 誰でも発症する可能性がある病気だからこそ、多くの人に知ってほしい。そんな思いで、病院や公民館、中学校など、さまざまな依頼を受けて講演を行っている。話の内容は聴講者の年齢層によって変えるが、常に伝えているのは、「幸せは自分から」ということ。無理をしすぎず、ありのままの自分で日常を楽しむと、自然と笑顔がこぼれる。その表情は、自分だけでなく周囲の人も幸せにしてくれるという。
 「本当の自分を大切に」。たくさんの苦労を重ね、行動し、心からの笑顔で日々を楽しむ髙橋さんだからこそ、伝えられるメッセージだろう。

文/田中波香

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